メンバー

中村 美由紀

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鹿児島県出身。幼いころは転校初日に誰とも話せないほどの人見知り。好きなことはモノづくり。いつも手にはハサミやテープを持っていた。そんな内気な私は大学2回生の時、転機を迎える。英語が好き、留学制度があるというなんとなくの理由で進学した大学。初めてオーストラリアへ留学し、「知りたい、伝えたい」という好奇心が人見知りを上回り、気づけば克服。同時に海外で働きたい、というぼんやりとした夢も胸にかかえ日本へ帰国。以降、ヨーロッパやアジアを一人旅。より鮮明に海外で働くイメージを抱く。
ワーホリで海外へ行くことも頭の片隅に置いての就活。「海外へのチャンスがある」「働く人が前向き」「若いうちからチャンスがある」という軸とも言えないバックリした基準で企業を探す。そして業界ではほどほどに名の知れたアパレル卸企業へ就職。まずは2年間、百貨店への営業からスタート。数あるラインの中で、扱っていたのは帽子。営業として走りつつも、5年後も同じ仕事をしているイメージが湧かずにいた。そんな想いを察知してか、海外切符付きの東京への転勤が決まる。企画や生産について2年間学ぶも、大企業ならではの大きな組織感に居心地の悪さを覚える。
そして入社5年前にして念願の海外勤務へ。本格的に帽子の生産拠点を海外へシフトするにあたり、現地協力工場と本社の架け橋として中国へ飛ぶ。最初のころは「こんなの日本で売れるか!」というものしか作れず、日本の価値観が全く通用しない環境に「どうしたら分かってもらえるのだろう・・・」と悪戦苦闘の日々が続く。本部から怒鳴られたことは数知れず。それでも、改良を重ね少しずつカタチになり、1年半後には帽子生産の基盤、スタンダードが完成。心からやりがいを感じられる仕事に出逢えたと思えた矢先、本部から帰国の指令が。大きな組織にはもう戻りたくない!との一心で反発するも通用するはずなく「中国でこの人たちとまた一緒にを仕事する」と密かに誓い転職を決意して帰国。
転職サイトで企業探しをする中、ある日掲載期限が切れた企業を見つける。それがポートスタイルだった。情報欲しさに新卒採用ページへたどり着く。これから会社がつくられる期待感を感じ気づけば、HPの問い合わせフォームからメッセージを送っていた。突然のメールにもかかわらずお会いできることに。そしてアポ当日。現れたのはなんと社長水木と統括中山。話し込んだ時間は3時間×3日間。今後の展開や現状についてコンコンと聞く中で、できることやりたい事が明確に。そしてこれまで会社になかった企画生産として入社。
タイ自社工場の品質改善や生産・管理の効率化、日々課題は山積みで、あっという間に気づけば入社して早1年。その間には念願の中国工場のメンバーとの再会も果たす。幼いころから抱くモノづくりへの好奇心、留学、一人旅、前職での経験。バラバラだったパズルが「ポートスタイル」というピースがはまることで一つになった気がした。きっとこれまでの経験はポートスタイルで働くためにあった!と今では思っている。もっと大きなパズルの完成を目指し、今日も「テギュさんそうじゃなくて!!!」と工場とのやりとりはつづく・・・